スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
【--/--/-- --:-- 】 | スポンサー広告 | page top↑
【SS】チカラ【サマヲ】
一度だけだった。
そのたった一度の傷が、僕の中にいつまでも燻り続けて、今の僕を生かしている。


チカラ


親にばれて欲しくないことというのは、子供の時誰だって持っているものだと思う。
それは大人から見れば何の気にも留めないことで、とても隠すほどのものには思えない些細なことも多いだろう。ただ、思えば秘密というのは内容よりも、秘密を持っているということが、ときには誰かと秘密を共有しているということが、僕らにとってはいっとう大事なことなのだ。共有の秘密というものは絆を深めるものであることを、僕は知っている。
僕の場合は違う。小学生の時、誰しもが小さな秘密を胸に潜め生きている頃、僕は今思い返してもそれは大きな秘密で、けれど実際には隠しているわけではなくて、ただ、大人には誰にも話すつもりがないだけだった。
そもそも、話してもどうにもならないことで、ただいたずらに心配させるだけなのだ。
それはときに、大人たちから見れば、多くの人の形容によると、つまり一般的には、いじめと呼ばれるものだった。
どこからそれが大人たちにばれたのか、担任の先生にばれたのか、それは知らないけれど、母親である聖美は自然と気づいていただろう。勘の鈍い人ではなかった。
決して隠していたわけでもない。強がっていなかったと言えば嘘になるかもしれないが、大人たちに何かを言ったとして、大人にもどうにもできないことがあるということを知っている。
今思えばそれは半分は自分のせいで、もちろん半分かそれ以上の責任は相手側にあったのだろうけれど、やはり元を辿れば自分のせいであったのだろう。
協調性のないことは分かっていた。
何か鼻にかけたわけではない、ただ思ったことをそのまま述べる様は、社会性と協調性の身に付き始める小学校という舞台の上、小学生という集団の中で、それは生意気と一言でくくられてしまうものだったのだ。
どうということはない。例えば、目の前にちらつく蚊が邪魔だと叩き落とすのと同じように、ぼくが叩かれただけなのだ。
自分も、言うなれば叩かれまいと逃げ回る努力も人の血を吸わないだけの分別もなかったわけで、それはそれで僕は自分のせいと言えないこともない。
それでも構わない、なんてそれを強がりといわずに何と呼ぶのだろう。
認められる喜びを知った今、認められない悲しみがないなどと、口が裂けたときしか言えないだろう。
直接言ってきたことはなかったけれど、両親も心配をしていたのは知っている。特に母の心労を気にかけなかったことは、つまり自分のエゴで、やはり責任の半分は自分にあるわけだった。
放課後すぐ家に帰って、家に閉じこもって、コンピューターを弄っている日々を送りながら、あの日は、一日だけ、家に帰らずに寄り道をしたことがあった。
それはほんの些細な考えで、つまり特に何も考えていなかったわけだけれども、ランドセルを背負いながら小さな公園に立ち寄った。
人気のない公園で真っ先に目についたものは遊具でもなんでもない。入口の近くを歩いていた蟻だった。何か、菓子のかすでも運ぶように足元を横断する蟻を見つめるように屈みこむ。
生きているみたいだ、と思った。
虫が生きている、と感じた事はない。
その時なぜか僕は初めて、生きているみたいだ、と思ったのだ。
今の僕ならもう少し気のきいたことを思ったのかもしれないが、何せ小学生で考えられる言葉なんて、少ない。
生きている。
そしてそれが唐突に憎らしくなって、僕は立ち上がり、小さな足の、靴の裏で、蟻を、踏みつぶした。
ぷちっという、音もしなかった。
生きているみたいだ、と思った。
生きていたんだ、と思った。
足をどかすと、どうだろう、何の音も衝撃も感慨もなく、今生きていた蟻は、地面に紛れるように潰れて、既に生きてはいないのだ。
生きているんだと、思っていた。
そのとき僕は何を思ったか、もう覚えていないけれど、形のように、形がないように、映像も具体的な思いもない強い力が僕の胸を圧迫しているのを感じた事だけを、覚えている。
恐怖。
僕はすぐに、その場を立ち去って、家に帰った。
何かの命を奪ったと、思ったのは一度だけだった。
その傷が今も僕の中にくすぶり続けて、僕を生かしている。
結局、その後僕はOZ上で祖父から少林寺拳法を習い、いじめから逃れることになる。
いじめから逃れた僕は、思えば、あのとき蟻を踏みつぶした僕と、何も変わらないのではないのかと、時々思う。
力というのは、恐ろしい。
結局力でねじ伏せていた、それだけなのだ。力に力で対抗して、それで満足していた、それだけに過ぎないのだ。
力は欲しい。敵を倒せるだけの、大切な人を守れるだけの、力が欲しい。
それは変わらないことだけれど、今は、力でどうにもならないこともあることを知っている。
力が、敵わない人がいることも知っている。
力よりも強いものを持っている人を知っていた。
僕は初めて、力以外の何かで、あなたに勝たなくてはいけない。




というようなことが佳主馬にあったんじゃないかな、と自分でさえそう考えたのかどうかわからない佳主馬の名前が一回も出てこない佳主馬SS。
最後だけ佳主馬→健二。
言うなれば筆慣らし。それか筆休め。
お粗末さまでーす!
スポンサーサイト
【2009/11/07 21:42 】 | 未分類 | page top↑
| ホーム |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。