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【ボカロ】約束-1-【SS】
多分、一度ボカロ離れる前に最後に書いていたSS。
珍しくリン。マスター+リン。
ボカロせめてこれだけは完結させたいなあと思いながら、この後何を書こうとしたのか忘れたって言う!
いつか、終わればいい、な!

約束-1-



リンがこの家にやって来たとき、この庭にはまだ何も咲いていなかった。芝は刈られ整えられていたけれど、低木が囲むように植えられているだけで、春先のその頃、花もなく、彩りといえば芝の緑色が目にまぶしいだけだった。時折隣家や近隣の公園から風に舞い飛んでくる花びらが緑に映えるだけで、華やかさはなく、それがかえって初夏のように爽やかに目にうつり、家主の静かで落ち着いた生活を感じられた。けれどその彼は、庭をまるで何かの花が咲いているかのようにいつも愛おしく眺め渡しており、それが初対面の彼に対してリンが初めに抱いた強い印象だった。
家主であり、またリンのマスターでもある彼は、齢およそ六十を超える老人だった。髪は白く、顔に刻まれた皺は過ぎてきた年月を思わせるもので、それといって厳つくはなく、柔和な表情でいつも椅子に腰かけていた。初めて遠目に見た時も、芝生の上のロッキングチェアにまるで眠っているかのように安らかな顔で腰かけていたものだった。
彼は足が悪い。普通に歩くこともかなわず、移動するときは家の中でさえ常に車椅子を必要とする。風呂に入るにも誰かの手が必要で、到底一人で日常生活を過ごしていける体ではなかった。何かに手を貸すたびに、彼はありがとうと言った。何度も言われるたびに、胸の奥が少しくすぐったい気持ちになった。何度手伝っても、何度でも彼はありがとうと言った。
今は既に季節も移ろい、庭には本当に初夏がやってきている。庭を囲む低木には白色の花が咲き、春よりもこの庭に彩りを与えていた。芝生は輝きを増した太陽のもと、一層青々と茂っている。
マスターも、リンの押す車椅子に腰かけて庭に出ていた。いつもどおり優しい目つきで、低木とロッキングチェア以外何もない庭を見つめている。
「マスター、白いお花が咲いたよ」
「そうだねえ、本当に」
マスターの前に出て両手を広げてみせるリンに、彼は眼尻にしわを寄せにっこりと笑った。いつも優しげな笑みをたたえている彼だけれど、この低木について話すときはより一層顔がほころんでいるように見える。
「かわいいお花だね」
「リンもそう思ってくれるかい」
自分が喜ぶと、彼も喜ぶことをリンは知っている。だから、些細なことでも嬉しいことがあったら伝えようと思うし、彼の喜んでいる姿を見るのは、リンも好きだ。例え喜び以外の感情を交えることがあったとしても、それを抑えて笑顔だけを見せなければいけない。
うん。リンは頷いた。
純粋に、既に目に馴染んでいた低木に彩りが添えられるというのは、嬉しいものだ。それに、この木が映えるのはマスターも嬉しいだろうから、リンも嬉しい。
一度、この木について尋ねたことがある。まだリンがこの家にきてそれほどたっていない頃のことだ。今のように花も咲いておらず、どの低木も枝に葉が茂っているだけだった。
「マスター、この木、どうしたの?」
彼がいつも庭先に出てこの木々を眺めていたため、つい口をついて出た質問だった。新しいマスターの家に来たときには、たずねることにはいつも気を使わなければならない。聞いてはいけないことが、その家にはあったりする。うるさいだけであまりものを考えていないとレンにはよく笑われたけれど、まったく考えていないというわけでもない、と自分では思う。
「息子がね、植えてくれたんだよ」
元々は何も植えてなかったらしい。ただ青々とした芝生が広がるだけで、手入れもされていなかったという。そんな庭の様子を見かねた彼の息子が伸び放題だった芝生を刈り、雑草を抜き、殺風景だということでこの低木を植えたのだという。
彼は息子のことをよく話した。優しくて、思いやりがあって、親切で、元気で、少し照れ屋で、歌がうまくて。彼はマスターのことをよく気遣ってくれたという。息子のことを話すときのマスターは、低木を見つめるときのように、とても嬉しげで一層優しい笑顔になった。
「これに、夏になると花が咲くと言ってくれたよ。一緒に見ようって言ってくれてね」
――その前に、死んでしまったけれどね。
ぽつりと、彼は付け足した。いつもの笑顔のままだったけれど、少し悲しそうな笑みだった。
交通事故だったらしい。マスターをかばうようにして車にひかれ、彼の両足もそのときの怪我が影響だといった。
私のせいだよ。そう付け足して、彼は口を閉ざした。リンは何も、言えなかった。
それ以降、彼は息子の死について何も語らない。聞こうとも思わなかった。彼がこの家に確かに存在していた証は、庭に植えられた低木と、彼の息子が唯一撮らせてくれたという一枚の写真だけだった。マスターは写真たてに入ったそれをよく手に取り、照れたようにマスターと並ぶ彼をいつも笑顔で見つめている。
リンは代わりに、生前の彼についてよくたずねた。もっと、知りたい。もっと、聞きたい。何かに突き動かされるように、頃合いを見て彼の話題をふった。マスターはいつも喜んで答えてくれた。料理が上手でよくマスターの好きなパエリアをつくってくれたこと、手先が器用で壊れたラジオを直してくれたこと、食器を割りあわてて指を切ってしまったこと、ありがとうと言うといつも照れたように笑うこと。
彼がこの家で何をしていたのか、もっと知りたい。純粋で強い衝動だった。知って、どうするのだろう。何をするというのだろう。マスターの喜びとなった彼と同じことを、自分もしたいと思っているのだろうか。死した彼を更に知り、生前を思い、感傷に浸りたいのだろうか。わからない。わからないけど、知りたい。知らなければいけないと思った。彼とマスターがこの家で過ごした日々を、思い出を、もっと知りたい。
暇を見て、家の中を探し回った。彼の痕跡を追い、隅から隅まで見て回った。この家は老人の一人暮らしにしては異様に家が広く、今は使われずに鍵がしまり、開けても床にあつく埃のかぶった部屋もあった。そういう部屋を探し回っても何も見つからず、残された痕跡といえば庭の低木と写真だけだ。まるで意図的に残さなかったように感じられたため、リンもきっともう他に何もないと諦めていた。けれど、それでも探した。探さずにはいられなかった。
人は、思い出があればいいという。何もものが残らず体が尽きてしまっても、心に生き続ける限り大丈夫だという。けれど、違う。本当は、何かにすがりたいのだと思う。求め、すがり、しがみつき、亡くした悲しみを和らげたい。亡くした人の目に見える痕跡に、触れ、眺め、見つめ、零れそうで零れてくれない涙を流したい。
――彼が生きた証が、欲しい。
本当は、恐ろしい。年月が立ち、記憶が積もり過去を忘れることが恐ろしい。過ごす日々に塗りつぶされ薄れていく記憶が恐ろしい。亡くした人を心にも無くすことに怯える。恐怖する。涙が止まってしまうことを、膝を抱えて肩を震わす。思い出をつなぎとめておくものが欲しい。形に残り消えない証を手に入れたい。
ましてや、彼がこの家で過ごしていたという記憶をリンは持っていない。マスターの話でしか知らない彼の思い出に、形が欲しかった。確かにこの家で息づいていたのだと、楽しんでいたのだと、その明確な印が欲しかった。なぜ、そこまで求めるのだろう。もしも手に入れたとして、どうするというのだろう。わからない。けれど、彼はほとんど何も残さなかった。忘れろということだろうか。思い出すなということだろうか。残酷な年月の摩耗に身を任せ、薄れる記憶をとどめるなということだろうか。
確かに、残す人を思うには、そうしたほうがいいこともあるかもしれない。人は忘れたくないと思いながらも、きっとそのうち忘れてしまう。悲しみさえも忘れ、やがて悲しんだということだけを思い出す。何も過去を引きずらないためには、そうしたほうがいいのかもしれない。
元々、リンは何かが残っていると思って探していたわけでもないけれど。それでも、探さずにはいられなかった。求めずにはいられなかった。それでも諦めていた。
だからそれを見つけたときも、初めはまったく関係のないものだと思ったし、彼と結び付けて考えることもなかった。
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【2009/12/19 18:40 】 | 未分類 | page top↑
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