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シルバーシート-1-
とある老人と、とある老女のお話。

以前から溜めていたネタをとりあえず書きだすことにしてみました。
いつかそのうち続くかも。



「散歩をたまにしてみてはいかがでしょうか」
私がその公園へ散歩を出かけるようになったのは、医者の忠告がきっかけだった。
私は、ゲートボールや毎朝のジョギングなどを特別の趣味や習慣としていないし、週末のフィットネスクラブ通いをしているスーパーおじいちゃんなどでもないので、運動量をもう少し増やしたほうがいいのだそうだ。もちろん、私のように年を取ってくると、同じようなことか、またはまったく逆のことを、皆家族に言われるものだろう。
かといっても、私のような年齢の老人が、急に激しすぎる運動を始めても足腰に響くので、散歩でもどうかと勧めてきたのである。私は医者の、今風に言うアドヴァイスというものに従って(息子が最近になってノバに通い始めて、日常生活のいたるところで英語を連発するのだ。それがまるでルー大柴みたいだと、年の割にやや古い話題を持つ孫が突っ込んでいた)、週に三度ほど、近場というには遠い、しかし足を運ぶのに無理のない距離にある公園へと出かけることにした。
公園と言うだけあって大きな滑り台やブランコが設置されていて、金網に囲まれた球技スペースもある。周囲を生い茂った木々が囲み、強い風が吹く度に葉の囁き声が聞こえてきた。
葉の影が落とされた公園の隅に、一つのベンチがあった。いつ設置されたのかも分からない、もうペンキの大分剥がれた白いベンチは、葉影の隙間から落ちる日差しを反射して眩しい。
そのベンチに、いつも腰かけている老女がいた。ふさふさとした白髪の上に桃色の帽子を被せ、風が揺れる度に眼鏡を通して目元に差し込む光に眩しそうに目を細めながらも、彼女はずっと笑みを絶やさなかった。
何度か通っていて気付いたことだが、彼女はじっとベンチに座ったまま公園で遊ぶ子供たちを優しげな眼差しで見守っていて、通りかかる全ての者に視線を投げているのである。
私が公園に散歩に出る度に、背筋を伸ばして両手を薄紫のスカートの上に組み、目を細めてただ微笑んでいる彼女の姿を目にした。
公園に通って五度目ほどだっただろうか、私はこの年にしてそれほど外交的な方ではないので、かといって内向的であり過ぎるきらいがあるわけでもないが、意を決して彼女に声をかけてみようと思ったのである。
あまり外に出たがらない私は、ただ公園まで足を運んで中を通って帰路に着くというだけで疲労を感じる程の体たらくだったが、ようやくにして公園の中で足を止めるという事を覚えたのである。
「お隣、よろしいですか」
少しぎこちなかっただろうか。私が慣れない会話というものを試みながらそう尋ねると、彼女はそれまでの笑みを崩さないまま、
「どうぞ。おかけになって」
と、ベンチの端に寄って座り直してくれた。
「ありがとうございます」
私は軽く礼をしながら、彼女の右隣に腰掛けることにした。
あまり間近でじろじろと見るのは失礼だと思いながら、視界の端で彼女の輪郭を捉えると、背筋の伸びた彼女と猫背の私の顔の位置が同じ高さにあることに気がついて、私はゆっくりと背に力を入れて肩を張った。彼女の頭が下に来る。彼女の目元と私の顔の直線状を帽子の唾が遮っていることに気がついて安堵しながら少し視線を走らせると、彼女は私の視線に気がついたように振り返り、笑いながら帽子を外して膝の上に置いた。
「良いお天気ですね」
お決まりの文句を口に出すと、彼女は私をみてにっこりと笑った。
「ええ、そうですね。こんなにいい天気だと、子供たちも元気に遊べますものね」
彼女は公園で元気に遊びまわっている子供たちに顔を向けた。私は隣に腰掛け、同じように視線を向ける。小学生くらいだろうか。もうこの年になると小学生や中学生の見分けがつかなくなってくるけれど、まだ幼さの残る顔立ちを微笑ませながら友人たちと戯れている。
「いつもここにいらっしゃるんですね」
勇気を出してそう尋ねて隣を伺うと、彼女の横顔は微笑んでいた。
「あなたも最近よくいらっしゃいますね」
私は少なからず驚いた。こんな老いぼれた老人のことなんか、誰も気に留めないだろうと思っていたからである。そういうと、彼女はふふっと零すように笑った。
「ここに座っているとね、いろいろのものが見えるんですよ。子供が滑り台を滑っている。砂場で遊んでいる。元気に走り回って、転んでしまう。それを大人が助ける。カップルたちが手をつないで歩いていく。週末に父親がブランコに乗った子供の背中を押してあげる。健康のために老人が散歩をしている。――そんないろいろなものをね、見るのが好きなんですよ、私」
彼女はゆっくりと話しながらも、公園内を見渡している。すぐ近くの子供たちの元気な声も、遠くに聞こえた。
「時代の流れを変えていくのではなくて、それを見届ける立場……もう、そんな年なんですね」
遠い目をして、視線は子供たちに向いているのに焦点は合っていないように見えた。目尻が更に垂れて、白髪に覆われた顔がふと振り返る。
「でも、最近の流れに少し乗ってみたいなんて、思ってしまうんですよ。老人の悪あがきかしら。この間もね、孫の由梨に少しだけ英語を習ったんです」
「あ、私も息子にちょっと習ったんですよ。公園に散歩に来たのも、医者に“アドヴァイス”を受けたからでしてね」
アドヴァイスという発音に気を付けながら言うと、彼女は、あら、と口元に手を当てて皺の多い顔を更にしわくちゃにして笑った。
それからしばらく、お互いの数少ない英語知識の話で盛り上がっていた。
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【2013/05/24 22:51 】 | 未分類 | page top↑
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