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【作詞ヒストリー】『雨音と偽りのワルツ』について
赤い靴の話をしたとき、キッドさんが知らないといっていた気がするんですけど、
実は最近ってそこまでメジャーな童話じゃないんですかねこれ。


■動画





■KarenT
『雨音と偽りのワルツ』
http://karent.jp/album/346

『White Flower~all my Love~』
雨音と偽りのワルツ~Album version~
http://karent.jp/album/590

『Season's』
雨音と偽りのワルツ~DIVA edit~
http://karent.jp/album/907

■アルバム
『ALL MY BEST』
http://yaplog.jp/kidsworks/archive/83


『雨音と偽りのワルツ』について


雑誌のインタビューでも答えたんですが、キッドさんたちと
今まで曲を作ってきて忘れられないエピソードとしてよく
この曲があがります。

KarenTで『雨』をテーマにした曲の配信募集がされて
いるということで、うちでも1曲作ろうという話になりました。
その時にキッドさんから来たのが今の『雨音と偽りのワルツ』
となるもののメロディだったんですが、当時は今よりもBPMが
半分で、すごい遅くて、暗めのイメージの曲でした。
でも、僕の性格もあってあんまり鬱々としたものが書きたくな
かったので、「テンポもっと速くしない?」と僕が提案しました。
以下そんな感じの会話。

キッド「速く…? どれくらい…?」
僕「2倍」
キッド「2倍!?」
くりぴぃ「ああ、それくらいのが、いいね~」
僕「他の人は多分暗めの曲でしょ? でもおれは、『しとしと
と降る雨を部屋の中で見ながらあなたを待つの…』とかゴメンだし。
いっそ踊り狂った方がいい」
 ↓
キッドさんから少し早くなったものが送られてくる
 ↓
僕「違う違う、もっと早く。鬱々とした感じじゃなくて、
もっと狂った感じ」
くりぴぃ「そうそう。ほんとに2倍くらい」

と、完璧に作曲者置いてけぼりで、僕とくりぴぃさんの間では
話が通じあっていました。
最後にできあがったときはキッドさんもすごい感動してたんですが、
途中過程はキッドさんが一番よくわかってませんでした(笑)

そんなこんなで出来上がったのがこの曲です。
この曲の頃から、僕にいろいろ一任されることが多くなった気がします。

作詞をするに当たって、頭にあったのが『赤い靴』でした。
多分大抵の人が知ってる童話だと思うんですが、もしわからない人が
いたらぐぐってみてください。
動画の絵を描いたモエさんにそういう話をした記憶は多分ないと思うん
ですが、それを汲み取ってくれたのか動画は靴が中心に描かれています。

この曲は、とある酒場の踊り子が、もう来なくなった誰かを待って踊る、
というイメージで書いています。
タイトルの『雨音と偽りのワルツ』の「偽り」というのは、もうあなたは
来ないと心の底ではわかっているのに、絶対また来るのだと信じているように
自分を偽っている、というところから来ています。
女がずっと踊りながら歌っているのは「来ぬ人を待つ歌」だけれど、だけど、
その踊りはあなたのためじゃない、だってあなたは来ぬ人じゃないもの。
という偽り。
本当はもう来ない彼を思って踊っているのに。
だけど狂ったように踊り続けることで、もう本当に彼を待って踊っているのか
どうかすら分からなくなっていく。

この曲はただの3拍子で、いわゆる『ワルツ』ではないんですが、
ワルツは「同じテンポの繰り返し」な曲なので、ただ何度も同じ踊りを
繰り返すという女を表しているな、と思ってどうしても使い
たかったので使いました。
日本では3拍子の曲をワルツと言ったりすることもあるのでいいかな、と。


以下軽く飛び飛びで歌詞を順番に解説していきたいと思います。


いきなり1番のBで、「来ぬ人待つ 歌をともせば」
というのは、踊りに歌を共とす、という意味と、
歌を灯す、という意味で書きました。
後者に関しては、初めは灯すような小さな気持ちで歌っていた、
という意味でもあります。後々狂っていく様子を出すためにも、
1番は全体的に控えめだったりします。
「螺旋舞うようだわ」という表現は、ぐるぐるで絡まってしまいそうな
気持ちと、それでいてどこまでも何とも交じり合わない、同じところを
ぐるぐる回って迷宮を彷徨っている、というようなイメージで書きました。

サビで「嘘つきの涙を流せば」とあるのは、「この涙はただの
歌や踊りにあわせた演技なのよ」、という女の自分に対する言い訳
のようなニュアンスで書きました。

サビは1番と2番で対にしています。
涙を流している1番は、「嘘吐きの涙」と言いながら、それでも偽りではない
涙なので「雨音のワルツ」でしめています。
笑顔の2番は、その笑顔こそが自分を偽っている、という意味で
「偽りのワルツ」としめています。「笑顔を濡らせば」なので、笑いながら
雨か、涙か、泣いているように見えるんですけれども。

2番のサビの「切り裂いた影を映して」というのは、
雷が空を切り裂いて、その影が顔に映っている、という様子です。

最後のサビは、ひたすら踊り狂って、もう笑顔が偽りかどうかすら
わからない、何のために泣いているのかどうかすらわからない、
そんな狂気と悲しみを感じる描写ができてたらいいな、と思います。


この曲をファクターとして、キッドさんがよく言うような、
作曲者自身の意思を超えたような曲が作れるようになったの
ではないかな、と思っています。
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【2016/02/02 13:34 】 | 作詞ヒストリー | page top↑
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